重像の家
Hirofumi NakagawaArchitecture
2024
CREDIT
作品タイトル
重像の家
意匠設計監理
中川宏文
構造設計監理
株式会社ディックス(担当:辻拓也)
施工
株式会社ムラヤマ
写真
楠瀬友将
DATA
竣工
2025年
所在地
長崎県長崎市
主要用途
専用住宅
構造・構法
木造
敷地面積
332.44m2
建築面積
95.60m2
延べ床面積
94.34m2
階数
地上2階
ポリフォニックな風景がつくる建築像
敷地は長崎市南部・野母崎半島にあり、東に橘湾、西に丘陵を望む。山と海が近接するこの地は、谷筋や海岸沿いに集落が形成され、禁教期には潜伏キリシタンの信仰の場でもあった。一見長閑に見える風景は、地形と歴史の重なりによって独特の大らかさと緊張感を漂わせている。この地域において、建築にどのようなかたちを与え、意味を生み出し、住人の生活と共に風景の一部として存在できるか、思考を積み重ねた。
都市密集地では限られた立面が建築の表情を担うが、この敷地では建物が四方から視認され、すべての立面が町に作用する。そこで強い幾何学を用いて各立面に完結したかたちをつくり、視点の変化に応じて表情が移ろう形態を探った。外壁のガルバリウム鋼板素地は空の色を映し、天候や時間帯によって表情を変える。開口部同士の重なりは向こう側の風景を建築に取り込み、より動的な表情を生む。そして、コンテクストと重なり合うことで、海を受け止める力強さや民家の親密さ、あるいは教会を想起させる垂直性を示す。単一の像への収束を拒む複雑性と1つの建築としての完結性の共存を目指した。
内部は緊張と弛緩の対比によって構成される。アルミホイルを乱張りした天井は、細い方杖に支えられ、東西の窓から取り込んだ光を反射し、灰色の空間に動的な表情と緊張感を与える。プランは45度に振ったグリッドを導入し、内外が連続するように開口部を配置した。そして、床の高低差や円弧を描くダイニングや階段によって緩やかに分節することで空間に多様な定位と視線の抜けをつくった。黒い空間は、灰色の空間に円弧状にせり出すようにして、半地下の洗面室や浴室、リビングダイニングキッチン、閉じたウォークインクローゼットと海へ開かれた寝室へと繋がっていく。寝室では黒い空間にフレーミングされ広大な自然のスケールが一気に立ち現れ、見下ろせば、生活の中心である象徴的なダイニングキッチンが灰色の空間に見える。目の前に広がる海と空の開放感は、その対比によって、足元に確かに存在する生活の落ち着きと安心感を再認識させてくれる。
建築は、複数の意味を帯びながら、それぞれの関係性の中で多様なあり方を示すことができる。そして、住人の感情と重なり合い、日々の生活の中で新たな表情を見せ続けてくれる。こうして生まれるポリフォニックな風景は、この地域の歴史や風土と呼応しながら、住宅という機能を超えて人びとの意識の中に重層的な建築像を浮かび上がらせる。