柔軟な真理
坂牛卓 建築家
金箱温春氏の近著『ディテールから考える構造デザイン』は、前著『構造計画の原理と実践』より事例数を絞り、よりデザインプロセスを細かく、明らかにした本である。41の事例は大きく鉄骨造、RC造、木造、ハイブリッド造、耐震補強に分類される。代表的な3つの構造種別に加えハイブリッドと耐震補強も並置しているところが、著者の視野の広がりを感じさせる。また5つの分類はさらに小グループにカテゴライズされ、個別性の中に見られる共通性も明らかにする。
それぞれの事例は5~7ページにわたり1)建築家からの要望、2)それへの対応方針、3)スタディする方法、4)実現するディテールの順に説明される。それは文章に加えて、写真、図面および著者自らの豊富なスケッチによってなされるのが特徴的である。意匠設計者のスケッチはよく見るものだが、構造設計者のスケッチは構造的解へのアプローチを垣間見せてくれる興味深いものである。
著者はこの本の趣旨を、前書きの中で次のように記している「構造設計が解析・分析的な側面とデザイン的な側面から成り立っている・・・前者は普遍的な手法があるので手引きとなる情報も多いが、後者は個別性によることが多いので普遍的な情報は少ない」。そこで著者は多くの個別的な実例を説明することで、今まであまり取りあげられてこなかったデザイン的側面を詳解している。またそれだけではなく、個別事例の集合がある共通性と普遍性につながることを感じ取れるように、構造種別ごとの一般的な説明が簡潔になされている。
この本では、意匠設計者の要望、それへの対応という順を追った説明により、単なる構造原理が解説されるだけではなく、意匠、構造のキャッチボールを通して、構造的解に到達する過程が示される。それによって構造的な解が原理的かつ一義的に得られるものではなく、意匠的要求との相互作用の中で到達する柔軟な真理だということが理解できるのである。この41事例の中には拙作も二つ含まれており、かつての打ち合わせの流れが思い出される。しかし振り返ってみると私が考えていたことと著者の考えていたことの位相は必ずしも合致してはいなかったことがこの本を読んでみて分かる。またこの本の出版記念イベントとして行われた青木淳さんと著者との公開対談を聞くと、お二人の位相も異なっていたようである。構造設計者と意匠設計者の進む道は必ずしも同じとは限らないのである。
さてこの本は構造設計者のよき参考書であるばかりではなく、意匠設計者が構造を考える手引き書でもある。その使い方は、自らの設計に近い実例をつぶさに読むというやり方もある。しかし全体を読み込むことで、著者のいう個別性を超えて構造の普遍的原理を感じ取ることが重要なのではないかと思う。その読み方は明日の設計にすぐに役立つものではないかもしれないが、構造の無意識的なセンスとして意匠設計者に蓄積されるのである。それは構造的解が柔軟な真理であるということであり、そのセンスを獲得することがこの本の有効な活用法であろうと、全部を読み終わった時に感じられた。
『建築技術』2021年8月号所収